メッセージ from フォーラム
フォーラムの構想と経営の自信は、3年半の原町文化劇場の経営実験で生まれた。
2023.7.5
「フォーラムの構想と経営の自信は、3年半の原町文化劇場の経営実験で生まれた。」
原町文化劇場の支配人をやったのは、実はたった3年6ヶ月です。着任の翌月に取り組んだのが未公開になっていた『砂の器』の上映です。いろんな文化団体や職場を訪問して、『砂の器』を上映するから協力して欲しいと前売券を売り歩きました。
『砂の器』を上映すると伝えると大喜びするのに、会場が文化劇場と聞けばガッカリするのです。原町文化劇場はそれ程信用のない映画館だったのです。一週間の入場者数は約400名。これは何もしないで成人映画を一週間上映するのと、ほぼ同じ人数。しかも動員前売券での入場者が80%。当日券での入場者は、わずか20%でした。これは動員前売券を普及しなければ、『砂の器』は成人映画の1/5しか入場者が見込めないということなのです。
かつて米沢で『七人の侍』の上映を差し止めた映画館が、毎週成人映画を上映しながら『七人の侍』は上映しなかった経済的現実でした。
翌月、お正月は山口百恵ちゃんの青春映画を東京と同時に封切上映しました。これはお祭りでした。『絶唱』という純愛映画でした。これは、山口百恵の花嫁姿のポスターを入場者全員に配布することで、地域の小中学生がほぼ全員押しかける大ヒットになりました。入場者全員にポスターをプレゼントするなんて、前代未聞のサービスだったのです。
そんなこんなで毎月イベントのように一般映画を上映して、年間1万人程だった成人映画館を、3年後に年間の入場者3万5000人の大ヒット映画館に変えることに成功しました。
『砂の器』は3年間、毎年上映しました。2年目は山田洋次の『同胞 はらから』と2本立てです。青年団の人たちに前売券を売って、前売券で50%、当日券で50%の入場者数でした。3年目は、同時上映は忘れましたが、前売券が20%、当日券が80%でした。これはお客様が信用してくれている映画館になったというバロメーターでした。
1年目に、スクリーンを張り替えて故障していた映写機を入れ替えました。2年目は床のコンクリートを打ち直して座席を入れ替えました。3年目はトイレを水洗化すべく、積み立てを始めました。
トイレの水洗化は、実現する前に本社の東北劇場が閉館して、私の原町文化劇場経営ごっこは終わりを迎えました。原町文化劇場は私に預けるということだったのですが(これは私に経営権をくれるということだった)、私は預からずに対抗館に高値で売られました。
原町文化劇場の支配人を3年半やって学んだこと。当初、作品本位の映画館では生活できないから他の仕事で生活して、映画館経営はボランティアだと思っていたが、映画館はやりようで儲かるから他の仕事をする必要がないこと。
第二に名作映画を常に上映し続ければ、お客様の期待が高まって「次は何?」を期待して待ってくれる。つまりお客様と上映作品をめぐって対話が成立して、繋がっていけるということです。
原町は現在の南相馬市。当時の人口は4万5000人。山形市の人口は25万人だから、100席と50席の2スクリーンを創れば、事業的にも充分に成り立たせることが出来るという構想と自信が生まれました。
2023.7.1
フォーラムシネマネットワーク 会長 長澤裕二
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